日本語のなぞ


第1章 日本語のふしぎ

 最近の遺伝子を使った研究によると、私たちの先祖の現生人は20万年ほど前にアフリカで生まれ、10万年ほど前に中近東へと移動を始めたという。彼らはその後、ユーラシア大陸の各地に広がっていった。

 1万数千年前の氷河時代、日本列島は大陸と陸続きだった。私たち日本人の祖先はそのころ大陸から渡ってきたらしい。彼らは縄目のついた土器をつくり、縄文人と呼ばれている。

 これはNHKの番組で知ったことだが、縄文人のDNAをしらべたところ、もっとも近い人々が今もシベリアのある地域に住んでいるらしい。映像でみてもそれらの人々の容貌はほとんど日本人と変わらない。近くに石器時代の遺跡があり、縄文文化との類似をうかがわせる遺物も発見された。縄文人の故郷はそのあたりだという。

 その後日本列島に大陸から次々と移民が押し寄せ、大規模な混血が行われた。縄文人の血はうすめれれ、今日の日本人の原形が生まれた。現在の日本人の中には、北方系ばかりではなく、南方のポリネシアの人々の血も流れているようだ。

 ところで、それでは日本語はどのようにして生まれたのか。世界に千いくつもある言語の中で、日本語に近い言葉は何語なのか。地理的に言えば朝鮮語や漢語(中国語)などがその候補だろうが、じつのところどうなのだろう。

 たとえば「やま」のことを古朝鮮語では「モイ」、漢語では「サン」という。こうした基本的な語彙にほとんど共通性がない。文法的に見ても漢語(中国語)は日本語とはまるで異質な言語である。

 高島俊男氏は「漢字と日本人」の中で、「日本語に親戚なし」と書いている。「日本語の系統はまだわかっていない。今後も、わかる見込みはまずないでしょうね。要するに日本語は、地球上どこにも親戚のいない、孤立無縁のことばである」ということらしい。

 ちなみに漢語(中国語)は、チベット語、タイ語、ビルマ語などと系統をおなじくする「支那西蔵語族」に属している。英語は「印欧語族」に属し、これはヨーロッパ全域からアジア西部にまたがる世界最大の語族だという。

 こうした数ある言語の中で、日本語はたしかに孤立している。世界に類縁がほとんどないような独特の言語を私たちは話しているらしい。ということは、私たちのものの考え方や文化も、世界に独特なものがあるということだろう。

 高島俊男氏によれば日本語は言語の系統があきらかではなく、世界の言語のなかで孤立しているということだが、一応これが日本の学者の標準的な考え方なのだろう。しかし、これには異論がないわけではない。

「万葉集」や「古事記」の研究の第一人者で、「岩波古語辞典」の編者として古代の日本語に造詣の深い学習院大学名誉教授の大野晋氏が、「日本語の源流は南インドのタミル語にある」という説を、この20年間粘り強く展開しているからだ。そこで、この大野説をすこし吟味してみたい。


第2章 日本語の源

「日本語の起源」(岩波新書)によると、大野氏が日本語とタミル語の類縁性に気付いたのは、英語で書かれたタミル語の辞典を読んだからだという。そして、日本語とタミル語とが、あまりにも鮮やかな対応を示しているのに驚いた。

 「こめ」「なへ」「あぜ」「たんぽ」「かね」「たから」「おる」「はた」「かみ」「まつる」「はか」「あはれ」「さび」など、何百という単語に類縁が認められる。類縁は単語だけでなく、係り結びといった独特な文法構造にも及んでおり、比較言語学の立場からも類似が際立っているという。

 さっそく大野氏は南インドへおもむき、現地を調査した。そして、類似性は風習や文化一般にまで及んでいることを知る。すでに還暦を過ぎていたが、ここから彼の命がけの精力的な研究が始まった。

 彼の説はなかなか受け入れられなかったが、次第に外国で認知されるようになり、タミル大学前学長でタミル語学の第一人者、アゲスティアリンガム教授も、「タミル語と日本語は起源的に親族関係にあると確信した」と、大野説を認めているという。

 それにしても、日本と南インドは遠い。そんな遠いところから、どうやって言葉が伝わってきたのだろうか。大野氏は2千数百年前、縄文時代末期に、タミル人が海路、船団を組んで北九州に到来したと考えている。彼らが稲作文明とともに言語(タミル語)を日本に伝えのだろうという。

 もしこの大野説が本当なら、日本語の源流はタミル語にあることになる。さらにタミル語はその源をインダス文明に遡り、さらにメソポタミア文明へと遡ることができる。つまり、私たちの日本語の起源は遠く、シュメー人の文明までさかのぼることができる。

 こうした大野氏の20年に及ぶ研究成果は大著『日本語の形成』(岩波書店)となって結実した。序文に彼は「私はこの本の序文を書くときまで生きていることができて仕合せである。私の一生はこの一冊の本を書くためにあったと思う」と書いている。読んでみたいが、定価が18000円もする。まずは、どこかの図書館で探してみたい。


第3章 日本語よタミル語

 大野氏の「日本語の源流はタミル語」説について、もう少し具体的に書いておこう。たとえば、日本語に、「張る」「腫れる」「晴れる」「払う」「祓う」「腹」「原」「はるか」などの一群の言葉がある。

 これらの言葉に共通するのは「far」という語根である。大野氏によればこの「far」という語根がになう意味は、「物が平面的にも立体的にも大きく広がり、結局ばらばらになってきえてしまうこと」(「日本語の起源」岩波新書)だという。

 一方、タミル語には日本語の「far」に対応する「par」という語根を持つ語群が存在している。
 par−u (ふくれる・大きくなる・張る)
 par−a (広くて大きな面・原・はるか)
 par−avu (罪障の消滅を祈る・祓う)
 par−iyam (代金・支払う金)

 見事な対応である。しかもこのような語根どうしの対応が他にたくさん存在している。たとえば「カレーライスはからい」と言ったとき、「カレー」はもともとタミル語の「辛い」からきたことばである。

「かたい」「やわらかい」など私たちが古来から使っている単語の多くは、ほとんどそっくりおなじ発音のタミル語が対応している。こうなればもう、偶然の一致だとは言えない。タミル語と日本語はほとんど同一の言語だと結論してもよい。

 しかし、「2千数百年前、縄文時代末期に、タミル人が海路、船団を組んで北九州に到来した」という大野氏の「タミル人到来説」はにわかには信じがたい。南インドと日本は7000キロも離れている。一体何の必要があって、タミル人は船団をくんではるばる日本へやってきたのか。

 言語の見事な一致は認めるにしても、「タミル人到来説」を信じる人は少ないのではないだろうか。しかも具体的な考古学上の証拠もない。たとえ船団が到来したにせよ、それでまるごと言葉が置き換えられるというのも不自然である。大野説がなかなか受け入れられなかった背景に、このことがあるように思われる。

 それでは、日本語とタミル語のこの驚くべき一致はどう説明したらよいのか。私はこのことについて、「もともと日本語とタミル語はタミル人が来る前から一致していた」と考えている。このことについて、これからぼちぼちかいてみようと思う。

第4章 文明語と文化語

 冷戦が終結し、アメリカはいまや唯一の覇権国家として存在している。そして英語もまた世界の共通語になろうとしている。今後インターネットの発達にともない、この傾向はさらに進行するだろう。世界に何百とある言語が、21世紀のうちにほとんど姿を消すのではないかと言われている。

 かってローマ帝国が栄えていた頃、ラテン語がヨーロッパの公用語として用いられた。このように、有力な文明が誕生すると、その文明の言語(文明語)が周辺諸国へと浸透し、やがてその土地に根ざした文化語(土着語)は勢力を失い、姿を消すことになる。

 たとえばラテン語に変わる前は、今のスペインからルーマニアにかけて住んでいたケルト人たちは当然ながらケルト語を使っていたのだが、やがてその痕跡はセーヌと言った一部の単語に残すだけになった。こうして、ラテン語からスペイン語、フランス語、ルーマニア語などが生まれた。これらはいわば、ラテン語の方言のようなものである。

 日本でも明治の頃、日本語を廃止して英語をもちいるべしという考えが起こった。初代の文部大臣・森有礼がそうだし、早稲田大学の総長で、文部大臣をもつとめた高田早苗がそうである。

 彼らは留学体験を持ち、日本語ではとうてい表現できない内容を、英語やフランス語で自由に表現できた人たちである。そして、彼らは日本語ではとうてい西洋に匹敵する高度な文明を構築できないと考えた。そこで、おもい切って、日本語を捨てて、英語に乗り換えるしかないと考えたのである。

 このように、弱小な文化が、他の巨大な文明に出会うとき、その文明を摂取するために、まずその文明の言葉を学ぼうとする。そしてさらには、自国語を捨てて、まるごとその文明語を自国の言葉とし、その文明圏の一員になる切る道を選ぶことも起こってくる。

 日本語の場合、明治維新の頃がそうだった。太平洋戦争に負けたときも、そうした主張が一部で唱えられ、志賀直哉が「日本語をやめて、フランス語を採用すべきだ」と唱えたことは有名である。当時、文部省内部にも、漢字廃止論があり、将来は日本語のローマ字化も考えていたようだ。

 さらに歴史を遡れば、聖徳太子の頃、仏教の伝来とともに、和語から漢語への転換が行われても不思議ではなかった。なぜなら、当時圧倒的な文明語としての漢語(中国語)があり、聖徳太子をはじめ、当時の教養人にとって文章といえば漢文しかなかったからだ。中国に見習って法治国家をつくるために、まず言葉の問題を解決しなければならない。

 そこで、とりあえず漢語から文字(漢字)を借りてきて、日本語の文章がまがりなりに成立する訳だが、もし「万葉かな」という一大発明がなかったら、朝鮮語がそうであったように、日本語の文章はまちがいなく「漢語」に置き換わっていたに違いない。そうなれば、日本語も漢語の亜種ということで、現在とはまったく違ったものになっていただろう。

 日本語が近隣に親戚を持たない孤立語になったのは、日本人が文明語である「漢語」の浸食に抵抗したまれな民族だったからだといえる。つまり言い方を変えるならば、「名誉ある孤立」ということだろうか。そして同じことが、日本から7000キロもはなれた南インドのタミルにも起こったわけだ。

 タミル人はもともとインドの原住民であるドラビタ族の仲間である。彼らは古代インダス文明を築いていたが、BC1500年頃にアーリア人の侵入を受け、インド南部へと追いやられた。当初アーリア人の築いた文明は圧倒的で、これに対抗することが困難だった。アーリア人がどのくらい優秀だったか、それは彼らの言語であるサンスクリット語を見ればよい。

 西洋の学者によると、サンスクリット語の語彙の豊かさは、同じ印欧語族に属するギリシャ語、ラテン語を凌駕し、その文章構造の精緻さもこれをしのいでいるという。この言語が世界でもっとも深遠と言われる仏教経典や思弁哲学を生んだ。さらには世界に先駆けて「ゼロの発見」をして、高度な論理学や数学を完成させた。ちなみにサンスクリットという言葉の意味は「完成され、浄化された」ということらしい。

 こうした優秀な文明の影響と圧迫を受けながら、やがてタミル人は独自の文字を作りだし、サンスクリットをまねて紀元前後に書かれた「詩歌集」が、最古のタミル語の文献として今日に残されている。「万葉集」が古代の日本語を知る手がかりになったように、この詩歌集によって、古代のタミル語の姿がわかる。

 このようにして、その独自性を現在までたもってきたのが、タミル人であり、タミル語である。言語を守るということは文化を守るということである。漢語から独立を守った日本人とタミル人は、言語における保守性という点でも似ている。現在タミル語を話す人口は5千万人ほどで、そのほとんどがヒンズー教徒だという。

第5章 バスク語の謎

 スペイン東北部とフランスにまたがるピレネー山麓に六十数万人の小数民族バスク人が住んでいる。人数は少ないが、バスク人はその独立不羈の精神によって世界的に有名である。

 何しろヨーロッパの真ん中に住んでいるというのに、バスク語はスペイン語やフランス語など周辺の言語と一切の類縁関係を持たない。その昔、ローマ帝国がこのあたりを支配し、その言語をローマの公用語であるラテン語に置き換えたのだが、バスク人はこれに従わなかった。

 現在でも、バスク人のこの独立精神は衰えていない。バスク地方では分離独立運動が盛んで、ETA(祖国バスクと自由)という民族主義組織がある。ETAは時にはテロ活動におよんだり、現在でもその活動の過激さで知られている。

 さて、話題をバスク語にもどそう。バスク語は、ラテン語を母体とするスペイン語などの印欧諸語とは本質的に異なる孤立言語だが、これが大きな謎で、いまだに納得の行く説明がないのである。

 それでは、バスク語はまったく世界の孤児かというとそうでもない。不思議なことに、これが日本語やタミル語と親戚関係にある。たとえば、これらはいずれも比較言語学の分類で言うと膠着語である。

 言語学者シュライヒャーは、動詞の活用の仕方によって、言語を「膠着語」「屈折語」「孤立語」に分類した。「膠着語」では動詞が活用し、さらに他の品詞がその後に付け足され、膠着していく。日本語・朝鮮語などがそうで、一般にウラル・アルタイ語族がそうである。また、一応SOVの構文を持っているが、語順がかわってもよい。

「わたしはどちらかというとかのじょといっしょにいってもいいとかんがえたりもするのだがしかしかのじょのつごうをかんがえたりしているうちにまよいがおこってきてなかなかおもうようにかんがえがまとまらないのでとりあえずかのじょのいしにまかせることにしてもいいとおもったりもしたりして・・・」

 これにたいして、「屈折語」は動詞が活用する言語で、英語・フランス語・ドイツ語など、一般に印欧語族がそうである。「孤立語」は、動詞が全く活用しない言語で、中国語やチベット語がそうである。構文はいずれもSVO型である。

 かって西洋の言語学者の中には「膠着語」は「屈折語」や「孤立語」にくらべて、幼稚な段階の言語であるという差別的な見方があった。私はもちろんこうした考え方に反対だが、しかし、もともと人類が自然発生的に使い始めた原始的な言語(原始言語)は「膠着語」だったと思っている。これにたいして「屈折語」や「孤立語」は文明語としての性格が強い。

 さて、日本語と同じ膠着語に属しているバスク語は、語順も同じSOVで、「は」や「が」などに相当する助詞をもち、テニオハもよく似ている。地理的に随分離れている日本語と、こうした親密な類縁があるのもミステリーになっている。

 日本との接点といえば、日本にキリスト教を伝えた、フランシスコ・ザビエルもバスクの人だ。バスクの人たちは、独特の文化を持っており、ラテン系のいい加減さがなく、勤勉で真面目だという。こういう点も日本人と似ている。

 これは全くの余談だが、バスク (Basque)のなかに、ASQが含まれている。これと飛鳥(ASUKA)や地上絵で有名なナスカ(NASKA)との類縁をいう人がいる。ちなみに鳥のことを、バスク語でも「トリ」と言うらしい。

 さて、日本語、タミル語、そしてバスク語と書いてきた。なぜ地理的に離れたところに、離れ小島のようにして、こうした類縁性の高い言語が残されているのだろうか。そろそろ、私の仮説を述べるときかも知れない。明日の日記に、そのあらましを書くことにしよう。


第6章 日本語の正体

 今年は例年にない大雪だった。私の住むあたりでも雪が積もった。とくに、私の家の周辺は多かった。大学生と高校生の娘二人が夕食後、家を抜け出したので、なにかと思ったら、近所の公園で雪合戦をしていたのだという。なんとも他愛のないことである。

 その後、あたたかい日が続いて、雪は次第に融けた。それでも、日当たりの悪い私の家の庭や、軒先の雪は最後まで融けずに残っていた。公園に行くと、やはり所々に、雪の固まりがしばらく残っていた。

 そうした雪の残り方に意識が向いたのは、たぶん私が世界の孤立言語について、あれこれと思索をめぐらせていたからだろう。日本語やバスク語の他に、ウラル山脈のふもとにも、類縁のわからない孤立言語群が残っている。こうした孤立言語のありさまが、どこか残雪の分布に似ているように思えた。

 松本清張の「砂の器」に、西日本の鳥取、島根の両県にかけて、東北弁に似たズーズー弁が飛び地のように残っていることがうまく使われていたが、こうした日本国内に飛び地のように残る方言のありさまも、どこか、世界の孤立言語の分布と似ている。

 バスク語や日本語のように、周囲に孤立した言語が残っているとき、この孤立現象を説明するのに二つの方法がある。ひとつは、その言語の担い手が移動したと考える方法で、私はかりにこれを「移動説」となづける。大野氏が日本語がタミル語と似ているのは、タミル人が船団を組んで移住してきたからだと考えるのはこの「移動説」である。

 これに対して、もう一つ、別の考え方がある。それはもともと広くそうした種類の言語が使われていたが、雪が融けるように周囲を浸食されて、あるいは潮が満ちてきて飛島が出来るように、ところどころ取り残されて孤立言語になったという見方である。私はこれをかりに「残留説」とよんでいる。

「残留説」で有名なのは、柳田國男の「方言周圏論」だろう。関西で「デンデンムシ」と呼ぶ生き物を、辺境の東北と南九州では「ナメクジ」と呼ぶ。こうしたことから、柳田氏は新しい言葉が都を中心に波のように広がり、周辺部になるほど、古い言葉が残ると考えた。

 なぜ東北地方と同じズーズー弁が島根や鳥取に残っているのか。このことも「方言周圏論」できれいに説明される。もともと日本の古代言語がズーズー弁に似ていたのである。そのズーズー弁がそのまま周辺部に残ったわけで、何も東北人が中国地方に集団移住してきたわけではない。

 私は世界に飛び地のように存在する孤立言語にも、この「言語周圏論」は基本的に成り立つのではないかと思っている。その理由は孤立言語がすべて「膠着語」であるということ、そして、それらの言語がいずれも周囲を強力な「文明語」によって取り巻かれ、その圧迫に対して抵抗してきた歴史があるということである。

 そして、もしこの仮説が認められるなら、そこから、文化と文明の在り方について、さまざまな有意義な認識が得られるのではないかと思っている。たとえば、日本語について、これが世界でももっとも原始的な言語のありかたを保存している可能性が生まれてくる。これらのことについては、また別に、日を改めて、くわしく考察してみたいと思っている。

(参考文献)
 「日本語をさかのぼる」(大野晋著、岩波新書1974)
 「日本語以前」(大野晋著、岩波新書1987)
 「日本語の起源」(大野晋著、岩波新書1994)
 「漢字と日本人」(高島俊男著、文春新書2001)
(参考サイト)
「対談、神と日本人」
http://www.sanseido-publ.co.jp/booklet/documents/booklet_kami.html

「ヨーロッパ言語学博物館」
http://www1.odn.ne.jp/beni/gengo/top.html

バスク民族の不思議」
http://www.sun-rise.co.jp/basque/MYSTERY.html

「言葉、言葉、言葉」
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/