遺言のすすめ

相続開始、さあどうする!」では、相続開始後から相続登記までの流れを概観しました。

その中でも、遺言書の有無は非常に大きなテーマとしていましたが、説明の都合上、遺言書なしのケースとして説明してあります。 遺言書が無い場合でも、相続人間で大きな揉め事にもならなければ、順調に遺産分割協議が成立するケースもあります。

現実はどうでしょうか?遺産分割協議がうまくいかないことは、決して少なくありません。相続手続を経験したことのある方は、「自分は相続で大変苦労をしたので、自分の妻や子供たちには同じような経験をさせたくない。」とおっしゃることがよくあります。

また、少子高齢化時代をむかえ、相続人が存在しない場合や、現在では交流もないような縁の遠い兄弟の息子などが、相続人になるケースもあります。

さらに、社会生活の多様化のためか、有名歌手の事実婚報道に代表されるように、入籍をしない事実上の夫婦や、事実上の親子も、時折ですが、見かけられるようになりました。

そんな場合に有効なものが遺言書です。

 

遺言書は遺書ではない!

「遺言書」は「遺書」ではなく、決して縁起の悪いものでもありません。様々なケースで、なくなった方の最終意思の表示として、法的に拘束力をもつものが、遺言書です。遺言書はご自分が元気なうちに作成しておくことが、重要です。

また、遺言書は本人による修正や撤回も可能ですので、一度遺言書を書いたからといって、その内容に不都合が生じたら、ご自分の意思で修正も可能です。

 

どんなケースに役に立つの?

@相続人間で、相続に関する揉め事の予防として!

相続が始まってみないと、揉め事が発生するかどうかは分かりませんが、大なり小なり意見の不一致は出やすいものです。ご自分の死亡で親族間に争いがおこるのは避けたいという場合です。

A特定の財産をある人に相続させたい場合!

相続が開始して遺産分割された場合に不都合が生じることがあります。例えば、自宅を相続財産と考えた場合、実際に住んでいる相続人にそのまま使用させたほうが合理的な場合や、商売をされているなら、商売を継いでくれる相続人にそのまま相続させたほうが合理的な場合に、相続を明確にしておくことも、非常に有効です。

B相続人に、相続させたくない場合!

相続人の廃除(民法892条・893条)は遺留分を有する推定相続人を廃除する場合です。兄弟姉妹が推定相続人である場合、この廃除はできません。その場合に、相続財産の全部を遺贈すれば、実質的に相続を受けることができなくなります。

C相続人がいない場合

相続人がいない場合、一定の手続を経て、残された相続財産は国庫に帰属します。つまり、国のものになってしまうのです。また、事実上の夫婦や事実上の親子は、法律上の親子と異なり、相続人ではありません。その場合も相続人がいない場合に該当します。事実上の夫婦関係にあったものが、亡くなった方の相続財産を取得するためには、家庭裁判所で特別縁故者の財産分与(民法958条の3)を行う必要がありますが、認められない場合もあります。この場合に、遺言書で遺贈を行えば、わずらわしい手続は不要です。

D自分がいなくなった後、未成年の子供の将来について不安がある場合

死別や離婚などで、一人で親権を行っている者(単独親権者)が亡くなった場合、法的には未成年後見が開始します。この場合に特定の人に未成年後見人になってもらいたい場合や未成年後見監督人になってもらいたい場合などに、遺言書に記載することで、容易に就任手続が可能となります。

 

などなど、役に立つケースは多くあります。遺言書について法的効力の認められるものは、後述の「遺言書の内容」に説明しますが、一見該当しない場合でも、作成方法によっては似たような実質的効果を得られるものもあります。

大事なのは、ドラマにあったように、「自分の死後をイメージしてみること」です。その上でどのような希望を最後に残すか考えてください。

 

 

遺言書の形式

わが国では、遺言に関する規定は、民法960条以下に記載があります。民法第960条では、「遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、これをすることができない。」とされ、法律上の方式にのっとらなければ、有効なものと扱われません。万が一、法律の要式によらない場合は、相続人等が任意にその内容を行えば実現可能ですが、問題も多く残されます。せっかく作成した遺言書が無駄になってしまい、しかも無駄と分かったときは、すでにご自身がこの世に無く、取り返しがつかなくなってしまいます。

 

そこで、遺言書の作成方法が非常に重要となります。遺言書は、「普通の方式」と「特別の方式」に分けられます。特別の方式は、「沈没する船の中」で行う遺言のように、緊急時の特別な方式で、一般でいう遺言とは異なるものです。ここでは、一般的な普通の方式による遺言を分類し、メリット・デメリットを記載します。

 

1 自筆証書遺言

  民法968条1項では、「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日附及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」と規定しています。

この意味するところは、@代筆やタイプライター、盲人点字機、ワープロ書きは無効で、遺言の全文、作成日附及び作成者氏名をすべて自分の手で書き、押印が必要ということです

自筆証書遺言はこのように作成は安易ですが、その反面で、法的に効力のない内容を作成したり、相続開始時に遺言書の検認手続を裁判所で行わなければならないといった不都合もあります。

 

2 公正証書遺言

  民法969条以下に規定がありますが、要約すると、@公証人役場の公証人の面前で作成すること A証人が二人必要 です。

  公正証書遺言は、公証人の認証がなされた遺言なので、相続開始時に裁判所による検認手続は不要であるものの、@公証人の費用がかかる A証人2人に対して、遺言の内容が知れてしまう。 B証人には、欠格事由(推定相続人など)があり、利害関係のない第三者を選任しなければならない。などの多少の負担が必要です。

3 秘密証書遺言

  民法970条以下に規定がありますが、要約すると

  @ 自分で作成した遺言書に署名し押印を行う。

  A @の遺言書を封筒に入れ、遺言所と同じ押印で封印する。

   B Aの封筒を公証人と証人2人の前で間違いないことを宣言し、認証を行う です。

  秘密証書遺言には遺言内容が他人に分からないなどのメリットもございますが、反面自筆証書遺言のように、遺言内容に問題があった場合に発見されにくいことや、公証人費用や証人の選任など公正証書遺言と同様の手間もかかります。また、裁判所での検認手続も必要です。

 

各遺言書ごとにメリット・デメリットを記載しましたが、遺言内容にもよりますが、公正証書遺言を作成されることを、お勧めする場合が多くあります。

 

 

遺言書の内容

遺言書の内容は、基本的にご本人の自由意志で作成することが可能です。しかし、法律的に効力を有するか否かは別問題です。例えば「兄弟仲良くするように」などは、徳義的なものであって、相続人を拘束するものではありません。遺言で法律効果を認められているものは、民法で限定されています。

また、有名な「愛犬に遺産の贈与(遺贈)をすることができるか?」などのように、法律で効力を認められている「遺贈」という遺言内容についても、その相手によってできない場合があります。

 

(1)遺言でなければできないもの

  ・未成年後見人の指定(民法839条)

最後の親権者が未成年の子供を残して、その子供の後見人について希望がある場合に、その者を指定する

  ・未成年後見監督人の指定(民法848条)

上記とほぼ同内容のもので、後見人を監督するものを指定する。

  ・相続分の指定及びその指定の委託(民法902条)

法定相続分と異なる相続分を遺言で指定するか、その相続分の指定を行う者に委託を行う。

  ・遺産分割の方法の指定及び指定の委託(民法908条)

遺産分割を行う際に、具体的な財産を特定の相続人に相続させるなどの、分割方法の指定を行うか、その指定を行う者に委託を行う。

  ・遺産分割の禁止(民法908条)

5年を超えない期間について、遺産分割を行わないようにさせる。

  ・遺産分割における共同相続人間の担保責任の指定(民法914条)

遺産分割後にあるものが相続した財産などに問題があり、公平でない場合に各相続人が、責任を負い不公平を是正する担保責任が、民法911条ないし913条に規定されているが、その担保責任と異なる責任内容を決める。

  ・遺言執行者の指定及びその指定の委託(民法1006条)

遺言は作成者の最終意思といいますが、亡くなった後にその最終意思を実現させる人が必要です。この遺言を実現させる人を指定したり、選任を委託することです。この指定や指定の委託がない場合、相続人が遺言執行者となりますが、遺言の内容によっては相続人にマイナスな場合があり、公正に遺言執行を行うことができないことが予想されるときなどは、この指定を行います。

 

  ・遺贈減殺方法の指定(民法1034条)

遺言によって相続財産の贈与を行うことを遺贈といいますが、相続財産の全部が遺贈された場合には、近親親族の生活が脅かされる場合があります。

このため、一定の相続人には、遺留分減殺請求(民法1028条以下)に認められていますが、その減殺方法について指定するものです。

 

(2)遺言でも生前行為でもできるもの

  ・子の認知(民法781条)

結婚以外で子が授かった場合、父が認知を行わないと、裁判以外の方法では、父の子と法律上認められません。

この認知という行為については、父の生前に行うことも、遺言により父が亡くなった後に行うことも可能です。

  ・相続人の廃除及び廃除の取消(民法893条・894条)

相続人に非行事由などがある場合、その者の相続分をなくす制度が相続人の廃除(民法892条)です。この相続人の廃除については家庭裁判所に対する請求が必要です。この請求は生前の本人による請求または遺言で行うことも可能です。

  ・相続財産の処分(遺贈)(民法964条)

自分の死亡後の相続財産をどのように処分するか、遺言で行うものですが、生前にはもちろん自分の意思で財産処分(贈与)が可能なので、それに対して、遺言で行うものです。

  ・財団法人設立のための寄付行為(民法41条)

財産そのものに法人格を与える財団法人に対する財産の寄付については、生前の自由処分および、亡くなった後の遺言による処分によるものといずれも認められています。

  ・信託の設定(信託法2条)

信託とは、自分の財産の管理や処分を第三者に委託することを言いますが、生前の信託行為はもちろんのこと、死後に遺言書の記載で信託行為を認めたものです。

 

 

 

遺言能力(遺言のできる人)

15歳以上の人なら誰でも遺言はできます。しかし、成年後見の登記がされている方の場合は医師2人による立会いが必要です。

また、遺言能力は遺言作成時にあれば十分ですが、自分の体が言うことを利かなくなってからでは、現実に遺言書を作成するのは非常に困難です。そのため、元気なうちに遺言書を作成することをお勧めします。

 

受遺能力(遺贈を受けられる人)

「愛犬に対して遺贈をすることができるか?」についての答えは「ノー」です。わが国の民法では、権利を受けることができる者を生身の人間たる自然人と、法律で定めた法人に限定しています。愛犬はそもそも人ではありませんので、受遺能力がありません。

生身の人間以外にも、胎児には受遺能力が認められています(民法965条・891条)ので、出生前のおなかの中の子供に対しても遺贈を行うことが可能です。

ただし、せっかく遺贈を行っても、相続人と同じく一定の場合には受遺者の欠格事由に該当します。

 

 

 以上は民法上の規定にしたがって内容を挙げましたが、直接該当しないと思われるケースでも、遺言の組み立て方などにより、法律的に有効な遺言とすることも可能です。弁護士や司法書士などの専門家にご相談ください。

 



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