権利証がなくなる!(新不動産登記法)

平成16年の通常国会で、不動産登記法の改正が成立しました。詳しくは法務省ホームページの法令法案をご覧ください。

この不動産登記法の改正(以下、新不動産登記法)の要点は大きく分けて、以下のとおりです。

 

1.オンライン申請に向けての法整備

2.本人確認の強化

3.登記の原因確認の強化

 

が挙げられます。

 

これだけでは、国民の皆様からすれば、「何が変わり」、「生活に何が影響を及ぼすのかよく分からない」となりますので、不動産登記制度のこれまでと、今回の改正とを説明しながら、問題点をあげていきたいと思います。

 

その前に今回の不動産登記法の改正が行われることになった背景についてご説明したいと思います。

イー・ジャパン(e-japan)計画

日本政府は、長引く不況を背景に、21世紀の日本を世界最先端の高度情報化社会にして、国際競争力を向上させるべく、「e-japan」計画を掲げて関係法律の整備を行っています。これはいわば「国策」であり、あらゆる分野に対して高度情報化社会の波が押し寄せています。この波は法務省管轄の行政サービスにも及び、既に登記関係では「商業登記」「債権譲渡登記」について、オンライン申請が開始されています。

ここでe-japan計画について、詳しく述べるのは割愛させて頂きますが、身近なところでは電子政府や電子自治体の構築によって、例えば住所移転申請がコンピューターのオンラインによって可能な時代もやってきています。

今回の不動産登記法の改正については、この「e-japan」計画のもと、不動産登記をオンライン申請に対応させるべく、また、既存の登記申請の問題点を解消するべくなされたと考えても間違いないと思われます。

 

e-japan計画に先立って、民間ではコンピューターによるオンライン技術を利用した活動が活発になり、自宅に居ながらにしてショッピングを行ったり、このホームページのように情報の発信や閲覧を行うことが可能になり、非常に便利な時代になっています。

しかし、新しい技術については「危険」が伴うのも事実です。例えばコンピューターによるインターネットオークションでは、詐欺的行為の報告がされていますし、個人情報の漏洩も新聞紙上をにぎわしています。これまでの「紙」などによる物理的な情報の管理であれば、その被害も比較的小規模であったのですが、高度情報化社会というのは、大量な情報を瞬時に扱えるという特性・利便性が逆に災いして、被害の拡大をもたらすことがあります。

このようにプラスもあればマイナスもあるのですが、現時点においては、高度情報化社会は時代の必然性とまでいい得るのであり、その危険性を十分に認識しながら、勇気をもって前に進むべきではないかと、個人的には思うのです。

 

オンライン不動産登記申請

わが国の不動産登記制度は明治時代の到来とともに制定され(民法よりも不動産登記法の制定が早かったのです。)、改正を経て現在に及び、その主たる目的は、当初の富国強兵政策に基づく「税収入の確保」から、資本主義制度の根幹を支える「私的財産」の公示に変わってきました。その目的の変化とは別に、手続面ではさほど大きな変化がなく現在まで続いています。

 

これまで不動産登記は当事者出頭主義が採用されており、登記申請を行う当事者又はその代理人が直接登記所に行き、その上で登記申請を行うのが原則でした。私のような司法書士は登記申請代理人として、当事者に代わり登記所の遠い、近い、を問わず、登記所に行き登記申請を行ってきました。その登記申請が完了した際に登記所から交付される紙媒体としての「登記済証(いわゆる権利証)」が、その後の登記申請を行う際に非常に重要な書類として扱われ、再発行ができないものとされてきました。

 

具体的に説明すると、「Aさん」が「Bさん」に「甲土地」の所有権を売ったとします。この場合に、ご本人又は代理人たる司法書士が登記所に出向き、「所有権移転」の登記申請を行います。その場合に、売主たる「Aさん」は以前「甲土地」の所有権を取得し登記した際の「登記済権利証」という紙と印鑑証明書およびその実印で登記申請書などに押印を行わなければ、登記申請が受理されないことになっていました。

Bさん」が今回の登記申請後に取得する「登記済権利証」は、「Bさん」が今後所有者として登記申請を行う場合に必ず必要な所有権を証明する、重要書類として、登記所から交付されるのです。

 

これに対して、オンライン申請とは、登記申請をコンピュータのインターネット技術を用いて、登記所に行かなくても登記申請が可能になるものです。しかも、インターネットを使うため、既存の「登記済権利証」という「紙」媒体による証明というものが、原則存在しない世界での登記申請となります。

このことは、「紙」媒体による「登記済権利証」がなくなる!ということなのです。

この「登記済権利証」という「紙」媒体に代わる物として、「登記識別情報」というID番号を付与する構想となっています。

 

 

また、オンライン申請を実現させるために、登記申請を行う本人又は代理人が直接登記所に出向いて登記申請を行うという、「当事者出頭主義」も廃止されることになりました。これまでは、先のAさんとBさんの所有権移転登記申請のような権利に関する登記申請は、郵送によることができませんでした。そのため、もしAさんとBさんが愛知県に在住でも、土地が鹿児島県にあれば、誰かが鹿児島県の登記所に行かなければ、登記申請ができませんでした。

今回オンライン申請を行うことになったのですが、今までの「登記所への出頭」に「オンライン申請」を加え、さらに「郵送申請」も可能になったのです。

 

 

オンライン申請の問題点

ここまできて、「何が問題なのか?非常に便利じゃないか?」と思われる方も多いでしょうが、様々な問題点を内在しています。

 

登記済権利証の廃止の問題点

まず、「紙」媒体による「登記済権利証」が「登記識別情報」と言う何ケタかの番号や記号の羅列に変わるのですが、この番号記号の羅列情報というのは、情報の管理が非常に難しいという点です。紙の「登記済権利証」であれば、盗難や紛失があっても比較的早期にそのことに気づきますが、「登記識別情報」は盗み見られても、そのこと自身気づかないことが多いのです。

 

身近な例で例えれば、銀行の預金を考えてみてください。銀行預金の場合、銀行通帳という「紙」媒体と届出印の組み合わせと、キャッシュカードと暗証番号の組み合わせいずれでも、預金の引き出しが可能です。この場合に、銀行通帳やキャッシュカードが盗まれた場合、その物体がなくなっているので、気づきやすいとも言えます。しかし、最近の犯罪で、キャッシュカードのコピーを作成した犯人が、何らかの方法で暗証番号を探り当て、預金を全額引き出してしまったと言う事件が発生しています。

 

つまりキャッシュカード情報と暗証番号情報を盗むことができれば、被害者に気づかれないうちに、被害者に成りすまして、預金を全額引き出すことが可能なのです。

銀行預金の場合、キャッシュカードという物に記憶させた情報の盗難がなければ、上記のように本人に気づかれることなく犯罪を行う事は不可能ですが、恐れられてきたとおり、キャッシュカード情報が盗難に遭うという事態が発生しました。物ではなく「情報」を盗み出せば、財産を盗み出すことも可能な時代になったのです。

 

また、キャッシュカード情報のコピーが可能になった通り、コンピューター技術の革新により、今まで不可能であった情報操作が可能な時代になってきました。そのため今回の不動産登記法改正では、カードなどの「物」を媒体とする情報管理を行わず、文字数字の羅列情報のみとすることが予定されています。この事は、安全対策の一環として有効ですが、「登記識別情報」を何らかの形で「見る」ことができれば、即座に「情報」の盗難になってしまうという問題点を残したままです。

 

このため、「登記識別情報」の管理に不安が残る人には、「登記識別情報」の不発行制度や、申し出による情報の消去も予定されています。

 

「登記識別情報」不発行の問題点

 

それはでは、「登記識別情報」不発行を選択した場合は、その後の登記申請はどのように行うのでしょうか?これまでの「紙」の「登記済権利証」の時代も、その紛失や滅失はあったため、保証人2人による「本人に人違いなき保証書」制度が代替制度とされてきました。オンライン登記申請の場合は、この保証書制度は廃止されて、より厳格な保証書制度に変わるとされています。

また、「登記申請業務を行う国家資格者」と言う表現で、司法書士(弁護士も可能)が、本人確認を行えば、「厳格な保証制度」の代わりになるというものです。

さらに、登記申請者が本人であるかどうかは、以前の不動産登記法では、登記官の関与するところではなく、書類さえ整っていれば登記は実行されてきましたが、改正法では、登記官が本人について疑義があれば、登記官の職権で本人確認を行うことができる旨が記されています。

 

以前の不動産登記制度の盲点をついた犯罪行為が、保証書制度を悪用して、「本人に成りすます。」ことで行われてきた経緯や、オンライン申請については、「成りすまし」が増加することが予想されるため、本人確認を強化することがこれらの目的でありますが、ここには2つの問題が存在します。

 

一つ目は、司法書士が本人確認を行った場合、どのような方法で、どこまでの本人確認を行えば足りるのか?と言う問題です。これまでも、法律上の義務はないものの、司法書士は本人確認について、不動産登記制度の信頼性、ひいては国民の財産の保護を目的として、大きな注意を払ってきました。また、判例でも司法書士の責任について厳しい立場をとるものに変わってきました。

司法書士による本人確認が可能になった場合、法律上は司法書士の権限拡大ともいえますが、その分司法書士の責任は強化されることになります。銀行窓口などでは、運転免許証などの提示が義務付けられていますが、司法書士の本人確認については、どの程度要求されるのか、現在のところ明らかではありません。

 

二つ目は、厳格な保証制度および司法書士による本人確認の場合でも、登記官が本人について、疑義を抱いた場合には、直接本人確認が可能となったことです。この事は、本人確認を厳格に行うという意味では歓迎されるものの、不動産登記手続現場では、大きな問題をはらんでいます。

 

なぜなら、銀行の融資を考えれば、容易に想像がつきます。不動産価値が下がったと言うものの、わが国において土地や建物は依然として財産価値の高いものとされ、銀行が融資を行う場合には、その不動産に担保である「抵当権」をつけることが多くあります。融資そのものは必要な時に適切に行われなければ、その有効性が薄らぎ、極端なことを言えば、「会社が倒産してから融資が実行された。」というのでは、話になりません。銀行にしてみれば、抵当権の登記がなされるであろうことを前提に、これまで、抵当権設定登記がなされる前に、いわば前倒し的に融資を実行してきたのですが、これは、抵当権設定登記が実行されるであろう「予測確実性」をもとに行われてきました。

もし、「登記識別情報」が存在しない場合に、抵当権設定登記申請を行うことを前提に銀行が融資を行うことを予定しても、本人確認に疑義がある場合として、登記実行がとまってしまい、結果として登記が実行されなかった場合、銀行の登記予測確実性が薄らぎ、融資の実行を登記が完了してからという様に変わることもあります。しかも、現在のところ、登記官による本人確認に該当するケース及びその本人確認期間については、全く予想されていません。

これ以外にも司法書士の間では、実務上の運営について様々な影響を懸念する声が聞こえています。

 

さらに、登記所の人員の問題として、登記官の本人確認業務が追加されることによって、登記の実行される期間が長くなる可能性も指摘されています。

また、司法書士による本人確認と同様に、登記官に本人確認の権限が与えられるという事は、登記官の責任の増大から国家賠償の問題も浮上してきます。

本人確認について、どのような方法で、だれが、どこまでの責任を負うのか、非常に気になるところです。

当事者出頭主義廃止の問題点

オンライン申請や郵送申請が可能になること自身は、登記申請者の負担が軽減されるという点において、非常に画期的であると思われます。しかし、複数の登記申請が可能になる事は、受付順位の問題が発生します。

 

不動産登記の受付順位がなぜ重要なのかというと、例えばAさんがB銀行とC銀行から事業資金の借入を行い、その担保としてAさんの不動産に「抵当権」の設定契約とします。借入・抵当権の設定契約の順番はB銀行が先でC銀行が後だとします。この場合でAさんの事業が立ち行かなくなり、借入金の返済が滞ってしまったとします。その場合、B銀行・C銀行ともにAさんの不動産を売却して、その売却代金からAさんへの貸付金を回収しようとします。これを「抵当権に基づく競売」といいますが、このAさんの借入金の回収順番が、契約の前後ではなく、抵当権の登記の前後、つまり「受付順位」によると、民法373条で明確に規定されているからです。

 

他にも、売買による土地所有権の移転登記申請を行ったところ、登記があがってみれば、他の人間が先順位で「差押」の登記を行っていたという場合も、買主は「差押」登記のついた、いわば「いつ誰かに勝手に売り飛ばされるともわからない」土地を買ってしまったということになりかねないのです。

 

このように、不動産登記申請は国民の重要な財産である不動産の表示および権利関係の公示という非常に重要な役割を担っており、登記の受付順位は非常に重要なものなのです。

 

今までは、登記申請方法が登記所への出頭によるもの一つであったため、登記申請の受付順位についての事前確認が容易でしたが、「出頭申請」「オンライン申請」「郵送申請」と3つの方法が考えられることになり、同じ不動産に、複数の登記が、別々の方法で申請された場合、どのような受付順位をつけるのか?という問題になります。

例えば、現在の研究では、甲土地の買った場合の所有権移転登記申請の際、7月28日に所有権移転の「郵送申請」を行い、7月30日午後8時に抵当権設定の「オンライン申請」を行い、7月31日朝一番に裁判所が差押の「出頭申請」を行ったとします。

郵送申請が7月31日午前に到着した場合、@「オンライン申請」A「出頭申請」B「郵送申請」の順に受付がなされると予想されています。つまり、一番早く出したはずの「郵送申請」が他の申請に遅れる結果が予想されるのです。その点の利益・不利益を国民に知らせないと、国民が思わぬ損害に遭遇する可能性があります。

 

 

 

以上様々な問題点を指摘してきましたが、我々司法書士としては、新しくスタートするオンライン申請について、その動向を注視して、国民の財産保護の担い手としての自覚を持ちつつ、責任を持った態度で臨むことが必要と思われます。