ある日突然裁判所からあなたの元へ「訴状」なるものが届きました。こんな経験をした人はあまりいません。だからこそ、非常に驚き困惑します。この段階では、
あなた自身が原告たる相手方に連絡をとっても、ほとんどの場合、何も教えてくれませんし、あなたも電話をためらうはずです。
かといって何もしなくていいのでしょうか? 一旦裁判手続が始まってしまうと、いくら正当な理由があっても、何もしないで放って置く事はあなたにとって非常に不利になります。このページでは、訴状の意味やその対処法などをモデルケースを使って説明したいと思います。
甲野太郎=年齢56歳 職業:会社員 家族:妻と子供二人の4人家族 性格:非常に厳格で曲がったことが大嫌い。
乙野五郎=年齢29歳 職業:会社員 家族:妻のみで、まだ子供はいない 性格:おっとりとした性格であまり細かいことを気にしない。
司法四郎=年齢29歳 職業:司法書士 乙野五郎の大学時代の友人で、司法書士事務所を開業中
ある日突然、乙野五郎さんに裁判所から封書が届きました。普段はおっとりとした五郎さんも、裁判所からの封書ということで、
あわてて中身を確認すると、「訴状」なるものと「第1回口頭弁論期日呼出状」なるものが入っていました。
訴状には、以下の記載がありました。
原 告 甲野太郎さんの住所氏名
被 告 乙野五郎さんの住所氏名
請求の趣旨
1 被告は原告に10万円を支払え
2 被告は原告に平成15年11月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え
3 訴訟費用は被告の負担とするとの判決、および仮執行宣言をもとめる。
請求の原因
1 原告は被告に平成15年4月1日、弁済期の定めなしとして、10万円を貸し渡した(以下、本件消費貸借契約という。)。
2 平成15年10月1日に原告は被告に対して、本件消費貸借契約に基づき、平成15年10月31日までに、元本10万円の弁済を求める旨の催告を行った。
3 平成15年10月31日は経過した。
4 よって、原告は被告に対して、本件消費貸借契約に基づき、元本10万円返済を求めるとともに、本件消費貸借契約の履行遅滞に基づき平成15年11月1日から支払済みまで、年5%の割合による遅延損害金の支払を求める。
また、第1回口頭弁論期日呼出状には、平成16年5月1日に第1回口頭弁論が行われる旨の記載がありました。
これらを読んで、自分が被告とされていることに、さすがの乙野五郎さんもびっくりして、大学の同級生の司法書士の司法四郎さんのところへ相談に行きました。
乙野五郎:四郎ちゃんよ、僕のところに裁判所から、こんなものが届いたんだが、一体どういうことなんだ?
司法四郎:どれどれ、五郎ちゃん見せてもらうよ。 ははー、甲野太郎さんは五郎ちゃんに10万円のお金を貸したのに、返してもらえないということで、裁判をおこしたみたいだね。
乙野五郎:甲野太郎さんが僕に裁判をおこした?! この被告ってのは、僕が何か罪に問われているのかい?
司法四郎:いやいや五郎ちゃん、今回の裁判は民事訴訟って言うもので、被告ってのは、刑事訴訟の被告人とはまったく別で、なにか五郎ちゃんが罪を犯したことを問題としているわけではないんだよ。甲野太郎さんは貸したお金とその遅れた支払いについて損害金を請求しているだけなんだ。
乙野五郎:なんだ、お金を返して欲しいと言っているだけなんだ。なら、大丈夫、10万円は確かに受け取ったけど、僕の就職祝いということで、甲野太郎さんが僕にくれたものなんだから・・・。このまま放っておくか。
司法四郎:おいおい五郎ちゃん、ちょっとそれはまずいことになるぜ。放っておいたら、どんなに五郎ちゃんに言い分があっても、裁判所は五郎ちゃんの欠席裁判を行うことになって、五郎ちゃんは裁判に負けちゃうよ!
乙野五郎:えっ!そうなの! じゃ、どうしたらいいの? おしえてよ四郎ちゃん!
司法四郎:じゃあまずは、答弁書を作らなきゃ・・・
乙野五郎:なんだ、その「とーべんしょ」って? 四郎ちゃん頼むからつくってくれよ!
このようにして、司法四郎は乙野五郎から答弁書の作成を依頼されました。なぜ、裁判を放っておくと負けてしまうのでしょうか? 民事訴訟法では被告が争わない事実は、被告による自白が成立したものとして、証拠調べを行うことなく、原告の言い分のみを採用します。
裁判所に何も提出しないままで、第1回口頭弁論期日に欠席すると、裁判所は被告が何も争っていないものとして、被告の自白成立、原告勝訴の判決を行うこととなります(民事訴訟法第159条)。このことが、司法四郎の言う「欠席裁判」というものです。
しかし、答弁書を提出した場合は、その内容によって被告の主張が裁判所と原告になされるため、仮に第1回口頭弁論期日を欠席しても、自白が成立したものとは扱われません。(簡易裁判所においては第1回口頭弁論期日に限らず、書面の提出により自白の擬制はされないが、地方裁判所以上では、第1回口頭弁論期日に限られる。)
司法四郎は、乙野五郎の言い分をもとに、次のような答弁書を作成し、乙野五郎に手渡しました。
請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する
2 訴訟費用は原告の負担とする
との判決をもとめる。
請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の10万円受け取りの事実については認めるものの、その余は否認する。
2 請求の原因2については否認する。
被告の主張
1 被告は原告から10万円を受け取ったが、これは原告の被告に対する贈与としてであり、返還の約束を行っていない。
2 原告は被告が会社を退職したため、就職祝いの返金を平成15年10月1日に求めてきたが、もとより金銭消費貸借は成立しておらず、原告の言う催告には当たらない。
司法四郎:五郎ちゃん、この前の答弁書ができたよ。
乙野五郎:早速作ってくれたんだね、ありがとう、 ん!なんかよくわかんないけど、これだけでいいのかい?
司法四郎:これでいいんだよ、これでもまだ、ちょっと多いかもしれないんだ。今回問題となっているのは、金銭消費貸借契約といういわゆる借金を行ったという契約について、甲野太郎さんと五郎ちゃんの言い分が違うわけで、甲野太郎さんはこの契約が成立したと主張し、五郎ちゃんはこの契約は成立していないと言って争うわけだから、これで十分なんだ。
金銭消費貸借は民法第587条に規定されているんだけど、「返還の約束」と「金銭の交付」が成立の要件になっていて、五郎ちゃんは「返還の約束」をしていないので、金銭消費貸借契約は成立していないと主張しているんだから・・・。
乙野五郎:僕としては、もっと言いたいことがあるんだけど・・・。
司法四郎:答弁書としては、これで十分なんだけど、五郎ちゃんの言い分を「陳述書」というかたちで提出できるから、それをつくって答弁書に添えて提出してみたらどうかな。
乙野五郎は、早速裁判所に答弁書と陳述書を提出するとともに、原告の甲野太郎さんに答弁書の副本(コピー)を直接送付しました。
口頭弁論期日や証拠調べ期日を経て、判決期日を迎える前に、裁判所から和解についての勧告がなされました。裁判所としては、原告の甲野太郎さんの主張を認定できていないようです。
乙野五郎さんも、就職祝いをもらっておきながら、早々と会社を辞めてしまった点について、申し訳ないと思っていたので、和解に応じることにしました。
和解は、当事者同士の話し合いで問題を解決する制度で、裁判所の調書に記載することで、判決と同様の強制力を持つものを「裁判上の和解」として、一般的な和解契約(示談ともいう)と分けています。
結局、甲野太郎さんと乙野五郎さんは、五郎さんの手元にあった就職祝いの残金2万円を返金することで、合意し、和解調書が作られました。
裁判手続は、とかく面倒で、よく分からないという声が存在するのも事実ですが、今回のケースのような金額の少ない事件は、簡易裁判所で審理されることが多く、簡易裁判所では、なるべく市民に分かりやすい手続を行うように、各種資料を用意し、民事訴訟法でも簡易な手続が用意されています。
よく分からないから、放っておくのではなく、特に今回のように訴状が送られてきた場合には、期日との兼ね合いから、早めの対処を行う必要があります。悩んでいないで、早めに弁護士や司法書士などの専門家に相談することをお勧めします。